「汝自身を知れ(Know yourself)」-古代ギリシャの時代から人間は自身と他者の行為や思考を理解することを命題としてきました。ヒト脳マッピング研究は、この人間理解への探求として、脳の仕組みを把握したいという動機から始まっています。脳の複雑な仕組みを解明するためには脳科学、生物学、医科学、心理学、工学、物理学、化学、数学など幅広いアプローチが必要です。
20世紀初頭、大脳皮質の細胞構造と層構造を詳細に観察し52の領域に分類したブロードマン脳地図により現代の脳機能局在論の基礎が築かれました。1930年代には脳神経外科医ワイルダー・ペンフィールドが、てんかんの治療過程で脳の電気刺激を行い感覚と運動の皮質マップ(ホムンクルス)を作成しました。これは現在でも脳腫瘍などの手術において、重要な脳機能を温存するために活用されています。1929年には、ベルガーらがヒトの頭皮上に電極を留置し脳波を記録することに成功し、その後脳波による脳機能マッピングも行われました。さらに、1960年代には脳磁図が開発されより精度高い脳機能マッピングが可能となりました。
1970-80年代にはSPECT、PET、MRIという非侵襲的な脳画像技術が登場しました。特にPETによる脳血流評価を用いた脳機能マッピング研究が躍進し、脳研究と医療をつなぐトランスレーショナル技術として革新をもたらしました。1980年代には経頭蓋磁気刺激(TMS)というヒトの脳を非侵襲的に刺激する手法も開発され脳機能マッピングが大きく発展し、反復刺激することで大脳皮質の可塑性が誘導され精神・神経疾患の治療効果があることもわかりました。1990年代には、血液酸素依存信号(BOLD効果)の発見と機能的MRI(fMRI)法の開発で、特定の認知課題や感覚刺激に関連する脳活動を可視化できるようになりました。さらに認知症の病態に関連する脳内アミロイド蓄積を観察するPET技術も開発され認知症研究が進みました。
2010年以降は、米国ヒトコネクトームプロジェクト(HCP)、英国UKバイオバンク や日本の戦略的国際脳科学研究推進プログラム(国際脳)など数千人から数万人規模での脳画像・脳磁図・遺伝子行動、健康データの収集が進んでいます。これらにより発達・加齢などのライフスパンの脳の変化、精神疾患、発達障害、神経変性疾患などの病態解明や早期診断、新たな治療法の開発が期待されます。他にも光トポグラフィー法、脳デコーディング法、経頭蓋超音波刺激(TUS)や、実験動物での脳画像研究など、幅広い観点とアプローチを用いて脳科学の基礎と応用の橋渡しに貢献することを目的としています。今後はAI技術を応用した技術革新も期待されます。
ペンフィールドは「神経学の課題は人自身を理解することにある(The problem of neurology is to understand man himself)」という普遍的な課題を残しました。私たちはその解決のため最新の脳マッピング技術を駆使し、人の理解と脳疾患の治療に寄与したいと考えています。